ウミネコラム

「ウミネコアーキ」が、建築について日々感じていることやら読本のまとめやらを色々と書き連ねるところ。

【感想まとめ】Emerging Trajectories: アンドリュー・コバック、ヒメネス・ライ、ジョアンナ・グラント来日講演会

過去のトークイベントの感想まとめ。

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170512(Fri.)
Emerging Trajectories: アンドリュー・コバック、ヒメネス・ライ、ジョアンナ・グラント来日講演会
-米国若手建築家が生み出す新しい建築の空気感

Japanese Junctionのレクチャー企画として、今月の『a+u』でも特集されているOffice KovacsとBureau Spectacularの講演会へ。
最近の米国建築界の作品の潮流は、アンビルトな、あるいはアートや展覧会として提示されることが多いですが、その浮遊感は1980年代の建築家たちがドローイング先行だったのと類似している。どちらの建築家も夥しい数のオブジェクトを等価に集積・漂流させているイメージは、Daniel Libeskind [micromegas]やもっと遡ればEl Lissitzky [proun]に通ずるものがある。そこを現実に落とし込み、本来の文脈を剥奪して新たな意味/機能を付加しようとしているあたりが少し違う様子。
1970.80年代のポストモダニズムにおけるコラージュと類似するところもありますが、そのあたりは今月号の『a+u』で、平野さんが小論で言及されてる「新コラージュ主義」を参照いただき。どちらかというと、ダダイズムシュールレアリスムの方が近いかも、アート文脈。
もはや建築と呼んでよいのか、どう解釈すれば良いのかと悩ませる。Hans Hollein的に”すべては建築である”と言ってしまえば早いが、それでは消化不良気味。
ただ、建築をレトリックで突き進んだ結果、どこか愛らしい、やもすればキッチュな表現に辿り着いたのは面白いところで、実はここに建築外の世界と接続する可能性があるのではないか(それを意図的に仕組んでいるのではないか)と考えてみたり。
a+u』のp.35でCovacsのインタビュー最後で語っている内容、またp.63でLaiが道化師とユーモアについて語っている内容から、建築を介してその外側の人たち見ているような気がしてならない。建築はあくまで手段でしかなく、しかし手段として最も面白いものだと思っている、そんな感じ。
建築的には「思弁的実在論」あるいは「オブジェクト指向実在論」の文脈に位置づけられるのが時流かと思いますが、そっちは自閉的になりそうなのでシフト。